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大阪地方裁判所 昭和35年(行)46号 判決 1963年10月15日

原告 加茂栄三

被告 大阪国税局長

代理人 山田二郎 外一名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実(略)

理由

一、まず本訴の適否について判断する。

1  本件抗告訴訟の対象とされている行政処分は、布施税務署長が原告の昭和三二年度所得税確定申告について同三四年七月三一日付でした更正決定(不動産賃貸収入金額五二六万四六〇九円、同所得額四一〇万六七七六円、不動産譲渡所得額三八万四七五〇円、給与所得額三八万六三五円、税額一八二万七七九三円)の適否につき、被告が審査判断の上原告の審査を棄却した決定であることは原告の主張からみて明らかである。

そして、右審査決定が原告に通知された後である昭和三五年六月二七日に、布施税務署長が右更正決定には金額につき不足があるとして、再更正決定(不動産収入金額を六五〇万一九〇九円、同所得額を四二一万八三一三円とし、結局不動産収入金額において一二三万七三〇〇円、同所得金額において一一万一五三七円、税額において五万四六八四円の増加をみた。)をしたことは当事者間に争いがない。

2  ところで、税務署長が従前の更正決定中の金額に不足額があるとして前記のような増額の再更正処分をした場合、右再更正処分は、約税義務者の当該年度における所得額税額等をあらためて認定課税する不利益処分であり、しかもその性質は、当初の更正決定で定められた税額を超える部分(不足部分)についてのみあらたに追加的に課税をする処分とみるべきでなく、従前の更正決定により認定課税された金額につき、判断を全面的に変更した行政処分と解するのが相当である。従つて右再更正決定があつた以上当初の更正決定は再更正決定に吸収されて当然消滅したものというべきである(そして再更正決定に実体上あるいは形式上の違法があつて、右処分が無効とされ、あるいは取消された場合においても、もとの更正決定の効力は復活しないのであつて、この点は一般に行政処分が無効あるいは取消されたときに、もとの行政処分の効力の存続を認める余地がある場合と異なるが、再更正処分の制度を設けた税法の右趣旨よりしてかく解するのが相当である。)。そうしてみると右再更正決定のあつた以前において当初の更正決定の内容の正当であることを判断した審査請求棄却決定も、すでに右更正決定が消滅している以上意義を失うことになるのであつて、仮に右審査決定になんらかの違法があるとしても、その取消を訴求する利益ないし必要性を欠くものといわなければならない。

3  原告は、少額の増額にすぎない再更正処分により従前の更正決定、再調査請求棄却決定及び審査請求棄却決定が失効するというのは、通常の観念にもとり、新憲法、行政事件訴訟特例法の規定ないし精神に反し、かつ公共の福祉に反すると主張する。

しかしながら、行政庁が課税処分をするに当つては、法律にもとづき適正な処分をし納税義務者相互間の負担の公平を図ることが要求されることはいうまでもないから、もし行政庁が従前の課税処分により定められた所得金額税額等につき不足額があることを発見した場合は、直ちに法律の定めるところに従い課税処分を修正する必要があるのであつて、そのような処置をとることこそ、憲法の定める法の下の平等の精神に合致し公共の福祉にかなうものというべきでありたまたま再更正決定における増額分が少ないからといつて、そのことの故に右結論に影響を来たすものとはとうてい考えられない。

4  もつとも、このように解するときは納税義務者が更正決定に対する訴願前置手続を経て抗告訴訟を提起したのに、一たび税額等を増額した再更正決定がされると、これに対し別個の訴願前置手続を経由した後別個の抗告訴訟の提起を要することになり、納税義務者のこうむる不利害は否定できないが、再更正決定に対する抗告訴訟を提起するに当つては、常に一般の理論に従い、訴願前置手続を経由しなければならないものではなく、従前の更正決定に対して訴願を経由しており、再度再更正決定に対する訴願を経ても結局徒労に帰し、行政庁の裁決内容に差異を来たさないことが明らかなような場合(たとえば更正決定に対する再調査、審査の手続中にあらわれた資料に基き再更正決定がなされたような場合)は勿論、そうでなくても更正決定に対する行政上の不服申立が排斥されさらに再更正決定による増額処分がなされた以上当初より一定金額以上の租税債務を争つている納税義務者としてはもはや同様の不服申立手段による救済に期待を寄せることができないのは当然であつて、かような場合は訴願前置手続を経ずに出訴する正当の理由があるということもできるのである。また、更正決定ないしこれについての審査決定につき適法に出訴し、訴訟が係属中に更正決定があつた場合は訴の変更あるいは行政事件訴訟法第一九条による請求の追加的併合と旧訴の取下(旧訴が審査決定の取消請求であつた場合)によつて、訴訟を再更正決定の取消請求訴訟として進めて行くことも可能であり、そのような場合には旧訴の更正決定取消訴訟において所得金額税額を争つている以上それより多額の再更正決定の金額を争う意思はすでに表明されているのであるから新訴の再更正決定取消訴訟は出訴期間遵守の点において欠けるところがないものと解釈することができるわけである。

そうしてみると再更正決定により更正決定が当然失効し、更正決定取消訴訟はその対象を失うものと解しても出訴者にとつて不利益が大きいものとはいえないのであつて、これを以て原告主張の如く憲法、行政事件訴訟特例法の規定ないし精神に反する解釈であるとはとうてい考えられない。

5  以上のとおり更正決定についての審査決定があつた後再更正決定があつたにかかわらず、原告は、これに対する抗告訴訟を提起することなく(本件においては審査決定に対する抗告訴訟提起の前に再更正決定がされたのであるから、原告は、本件訴訟を提起するまでもなく、再更正決定に対する抗告訴訟の提起が可能であつた。)審査決定に対する取消請求をしたにとどまつているのであるから本訴は不適法として却下を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 羽柴隆 小田健司)

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